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東京高等裁判所 昭和40年(う)2248号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 二宮清

弁護人 田中旭

検察官 横溝準之助

主文

原判決を破棄する。

被告人を公文書偽造の罪につき懲役六月に、偽造公文書行使の罪及び道路交通法違反の罪につき懲役壱年に処する。

但し、本裁判確定の日から参年間右各刑の執行を猶予する。

押収にかかる自動車運転免許証一通(当庁昭和四〇年押八二九号の1)中の偽造部分はこれを没収する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事横溝準之助提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

控訴趣意第一点について。

論旨は、通常の場合文書偽造行為とその偽造文書行使行為とは牽連犯の関係にあり、科刑上一罪として取り扱われるが、被告人の原判示第一の所為中自動車運転免許証偽造と該偽造免許証行使の間に被告人に対する確定裁判が介在しており、かかる場合、確定裁判前後の両行為は、その確定裁判によつて牽連関係が遮断され、各別個独立の罪としてこれを処断するのを相当とするから、原判決が右偽造行為と行使行為とを牽連犯と認め一罪として処断したのは、法令の適用を誤つたものであるというに帰する。

よつて、審按するに、原判決の認定するところによれば、被告人の原判示第一の所為中自動車運転免許証偽造は昭和三十九年九月四日の犯行であり、該偽造免許証行使は昭和四十年六月十七日の犯行であるが、原審で証拠調を経た交通事件原票によると、被告人は、昭和四十年三月十九日横浜西簡易裁判所において道路交通法違反の罪により罰金四千円に処せられ、右裁判は同年四月三日確定したことが明らかであるから、右偽造行為と行使行為との間に確定裁判が介在しているわけである。

公文書偽造行為と該偽造公文書行使行為とは、牽連犯の関係にあり、科刑上一罪として取り扱われる。ところで、牽連犯は、競合犯の一態様であり、実質的には数罪であつて、それぞれ別個の構成要件的評価を受けうるものであるにかかわらず、これを科刑上一罪として取り扱う所以のものは、その数罪間にその罪質上通例一方が他方の手段又は結果となるという経験上の類型的関係があり、したがつて、犯人がかかる関係において数罪を犯した場合は、全く関係のない独立の数罪を犯した場合に比し概して道義的非難の程度において軽く、構成要件的評価の面においても、一方の構成要件が他方のそれに該当する行為をある程度予想しており、当該犯人につき犯行目的の単一性が認められるのを通常とすることを考慮すると、これを包括的に評価することが妥当であるとの観点から、これを一罪として最も重い罪につき定めた刑をもつて処断するをもつて足り、数罪として処断するまでの必要がないものと認めたことにあるものと解される(昭和二四年一二月二一日最高裁判所大法廷判決、刑集三巻一二号二〇五三頁及び昭和三二年七月一八日同第一小法廷判決、刑集一一巻七号一八六三頁参照)。

しかしながら、本来牽連犯たるべき手段たる行為と結果たる行為との間に別罪による確定裁判が介在する場合には、叙上の趣旨はもはや妥当しないものと考えられる。すなわち、犯人が手段たる行為を行つた後、別罪による確定裁判によつて、いつたん刑罰的評価を受ければ、その後は新たな人格態度が期待されるのであつて、それにもかかわらず犯人があえて結果たる行為を行つた場合、その確定裁判前後の両行為については、形式的には類型的関係がなお存在するにもせよ、道義的非難の点においても、構成要件的評価の面においても、前叙のごとき一罪として取り扱うべき実質的理由は、ほとんど失われたものというべきであり、したがつて、右両行為をおのおの別個独立の行為と見て、これを二罪として処断するのが相当である。叙上の見解は、実質的な一罪たる性質を有する継続犯若しくは常習犯について、確定裁判の介在によつて二罪に分断されるべきではないとした最高裁判所の判例(昭和三五年二月九日第三小法廷決定、刑集一四巻一号八二頁、昭和三九年七月九日第二小法廷決定、刑集一八巻六号三七五頁)の趣旨に牴触するものではないと解すべきである。されば、原判決が原判示第一の自動車運転免許証偽造行為と該偽造免許証行使行為について、その間に確定裁判が介在するにかかわらず、これを牽連犯であるとし一罪として処断したのは、法令の適用に誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の控訴趣意につき判断するまでもなく、原判決は右の点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

(その余の判決は省略する。)

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 有路不二男)

原審検察官の控訴趣意

原判決は、

「被告人は、昭和三八年四月九日付で神奈川県公安委員会から軽自動車免許の運転免許証(第三八A三五一九四号)の交付を受けたものであるが、

第一、自動車運転手として就職する便宜から、次男孝治の拾得してきた右公安委員会の記名押印のある寒河江実に対する普通自動車免許及び軽自動車免許の運転免許証(第三六A九五三二八号)を利用して同公安委員会の自己に対する普通自動車免許の運転免許証を偽造しようと企て、昭和三九年九月四日ころ横浜市南区前里町一丁目二五番地黄金旅館内の借間(六畳間)において、行使の目的をもつて、右運転免許証の写真欄に貼付してあつた寒河江実の写真の表皮を引き剥がしてその跡に自己の写真の表皮を貼付し、その上を指で押してその写真に同公安委員会の割印を浮き上らせたうえ、同運転免許証に記載してあつた氏名欄の「寒河江実」、生年月日欄の「昭和一三」年「一〇」月「一〇」日、本籍又は国籍欄の「山形県東置賜郡川西町大字州島四、四二三」、住所欄の横浜市中区「末吉町二-二九桃井方」の各括弧内の記載部分をいずれもインク消しを用いて消去し、所携の青色ボールペンを用いてその氏名欄に「二宮清」、生年月日欄に「大正一二」年「二」月「一〇」日、本籍又は国籍欄に「横浜市南区若宮町二-七」、住所欄に横浜市「南」区「前里町一-二五」とそれぞれ記入し、もつて同公安委員会の被告人に対する普通貨物自動車免許の運転免許証一冊(昭和四〇年押第三〇九号の一)を偽造し、昭和四〇年六月一七日午前七時五〇分ころ同市中区末吉町三丁目五五番地付近道路上において、駐車違反取締中の神奈川県伊勢佐木警察署司法巡査請園周に対し右偽造にかかる運転免許証を真正に作成されたもののように装つて指示してこれを行使し、

第二、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四〇年六月一七日午前七時五〇分ころ横浜市中区末吉町三丁目五五番地付近道路上において、普通貨物自動車(品一あ二〇三五号)を運転し

たものである。」

との公訴事実と同旨の事実を認定し、被告人を懲役一年及び罰金三万円に処し、三年間右懲役刑の執行を猶予する旨の言渡しをしたのであるが、右判決は、刑法第五四条第一項後段の規定を誤つて適用し、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、また、刑の量定が軽きに失して不当である。

以下その理由を詳述する。

第一点、法令適用の誤りについて

一、原判決が判示第一の有印公文書偽造の行為と偽造有印公文書行使の行為との間には手段結果の関係があるものと認め、刑法第五四条第一項後段を適用し、牽連犯として懲役一年に処する旨の言渡しをしたものであることは判文上明らかである。

通常の場合、偽造行為とその行使行為とが牽連犯の関係にあり、科刑上一罪として取り扱われることは、既に判例としても確立されているところであり、あえて説明するまでもないであろう。しかし、本件においては、原判決も認めているとおり、偽造行為と行使行為との間に昭和四〇年四月三日確定した道路交通法違反による罰金四、〇〇〇円の確定裁判が介在している(交通事件原票騰本-記録五六丁)のであつて、通常の牽連犯の場合とは事案を異にする。この点について、原判決は、「本来牽連犯はその性質上一方の罪の構成要件が他方の罪の構成要件に該当する行為の発生を当初から予想しているものであり、実質上典型的な数罪に比べるとむしろ固有の一罪に近似しているため、権衡上科刑上の一罪として取扱われているのであるから、その牽連関係は他罪の確定裁判の介在によつて分断されないものと解するのが相当である。」と判示して、結局中間の確定裁判の介在にかかわらず牽連犯の関係が成立するものとしたのである。

二、しかしながら、牽連犯における手段たる行為と結果たる行為とは、本来それぞれ別個の構成要件的評価を受けるものであるから、実質的には独立した二罪を構成するものであつて、本質的に一罪たる性質を有するものではなく、犯罪の競合(広義の併合罪)の一態様にすぎない。それ故に、牽連犯に関する規定は「併合罪」の章下に配されているのである。ただ、二罪の間に、類型的な手段、結果の関係があるために、実質的には二罪であるにもかかわらず、科刑上の一罪とされているにすぎない。

三、ところで、刑法第四五条後段が確定裁判の前後にわたり数個の罪のある場合について特別の取扱いをし、確定裁判前の罪と確定裁判を受けた罪とを併合罪とするのは、右のような場合は同時審判の可能性があつたものであるから、これを全体として考察し、刑の適用につき妥当な考慮をする必要があると考えるからであり、また、確定裁判の介在によつて併合罪関係が遮断され、確定裁判の前の罪と後の罪とが併合罪にならないとするのは、国家からいつたん刑罰的評価(有罪判決の確定)を受けたときは、その後はあらたな人格態度を期待され、確定裁判の前と後とではそれぞれ別個の評価を必要とすると考えているからにほかならないのである。

しかりとすれば、本件のように偽造行為と行使行為との中間に確定裁判が介在するときは、右確定裁判を受けた罪と右偽造行為とは同時審判の可能性があつたことはいうまでもなく、また、その後における右行使行為は被告人のあらたな人格態度のあらわれとして別個の評価を受けるべきものであるから、かかる場合には、確定裁判の介在によつて牽連犯関係の成立する余地がなくなり、科刑上も独立の二罪として処断されると解するのが正当である。のみならず、そのように解しなければ、狭義の併合罪の場合と比較して、被告人を不当に有利にあつかうことになるであろう。

四、このことは、また判例の認めるところである。すなわち、昭和二八年一二月一九日札幌高等裁判所函館支部判決(高裁刑特報三二号八八頁)は、牽連犯に関する規定は、犯罪競合の一場合の規定であつて、併合罪と同一章に規定せられていること、その手段、結果の各犯罪は実質的には独立した別個の犯罪であること等により、之等行為が同時に審判せらるべき場合又は同時に審判せらるべきであつた場合にのみ牽連犯として処断せられるべきであつて、然らざる場合は之について別個にその責任を論ずるのでなければ犯人をして不当にその罪責を免れしむる結果となるからである」として、確定裁判の前の行為と後の行為との間に牽連犯関係の成立することを否定しているのである。

また、最近においては昭和三九年七月三一日東京地方裁判所判決(下刑集六巻七・八号八九一頁)も本件と同様の事案について、「およそ牽連犯における手段たる行為と結果たる行為とは元来各別の構成要件に該当し、各別個の犯罪を構成し、本質的には一罪たるの性質を有するものではないところ、単に科刑上これを一罪に準じて取扱うように定められているにすぎないものであつて、本来一個の構成要件に該当し、本質的に一罪たるの性質を有する継続犯、営業犯罪とはその類型を異にするものである。……右の如き牽連犯の本質に徴すれば、その中間に確定裁判の介在するときは、もはやこれを一罪に準じてみることは不適当で、確定裁判により分断されるにいたると解するのが正当である」と判示しているのである。

五、従つて、確定裁判の介在にかかわらず牽連犯が成立するとして刑法第五四条第一項後段の規定を適用した原判決は、適用すべからざる規定を適用し、その反面適用すべき刑法第四五条後段の規定を適用しなかつた誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないものである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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